今まで十数年生きてきたけれど、今ほど逃げ出したい思いを味わったことなどない



     「やぁ、どうして今朝はあんなに遅かったのかな?」



     出た、魔王だ
     いや、むしろ絶対的な神と言ったほうが正しいかもしれない

     あの日から、必ずと言っていいほど毎朝テニス部の誰かが校門で待ち構えるようになった

     だから今日はチャイムが鳴るぎりぎりに滑り込んだというのに、死の時間はお昼休みにやってきたのだ


     「今日こそ、仁王に言いに行かないとね?」
     「そんなの…、するかしないかは私の勝手でしょ」


     心を染める想いから逃げたいわけじゃない

     でも、向き合うことが怖くて

     今まで悪友という関係を築いてきたのを自ら壊すのは気がひけた


     「とにかく、話だけでも聞けばいいよ」
     「……幸村くん、目が笑ってないんだけど」
     「気のせいじゃないかな?」


     ふふ、と黒い笑みを浮かべる幸村は、やる気満々に見えた
     ここは逆らわない方がいいな、とふんで大人しくついていくことに決めた















 06.俺が好きな君の顔






















     「・・・・・・何これ」
     「あれ?見てわからないほど君は鈍かったかな?」


     幸村に半強制的にテニス部部室まで連れてこられたのは良いが、
     目の前の状況には目を点にしていた

     部室の中には割と大きめなホワイトボードがある
     おそらく、部活で様々なことに役立てるのだろう

     しかしそこにはどう考えても部活内容とは関係ない内容がところかまわずぎっしりと書かれていたのだ


     いわゆる、仁王とのお膳立て計画が



     「昨日から散々話し合いをしてね。この七つの案が最後まで残ったんだ」


     最後まで吟味したわりに七つも残ったのかよ・・・
     そう呟きながら、というかこの部はこんなところでやる気を発揮していて良いのだろうか、と思った


     「最終的に君に選ばせてあげるよ」
     「ちょっ・・・やること強制!?」
     「当たり前だろ?あまり見くびらないでほしいな。
      相手は俺だよ?」


     にっこりと笑う幸村

     こういう状況になったため最近よく接するようになったが改めてその素性が明らかになってきたようだ



     「じゃ、一人ずつプレゼンしてもらおうかな。
      じゃあ・・・ブン太から」
     「俺からかよ。・・・まぁいいや、任せろぃ」


     得意げに微笑みながら風船ガムを膨らませる
     丸井はパチンと風船が割れてから口火を切った


     「あんなぁ、ようはインパクトが強けりゃあ良いと思うんだよなー。
      でだ!、人間の三大欲求言ってみ?」
     「食欲、性欲、睡眠欲でしょ・・・?」
     「おう。その中の食欲を利用した計画を俺は立てたぜ
      具体的に言うとだな、が仁王に大福を作ってプレゼントする」
     「・・・・・・はい?」
     「んで、仁王は当然それを食うだろぃ?
      したら中から『好きです』って書いた紙が出てくるようにすんだ」
     「・・・・・・大福でやる意味は?」
     「そりゃあ試作品の味見を・・・じ、じゃなくて・・・」
     「却下、だね。次、ジャッカル」


     バッサリと笑顔で切り捨てる幸村の後ろで丸井が半泣き状態になっていた

 


     「俺か・・・あんまり自信はねぇが・・・」


     ジャッカルの低くて透る声が響いた
     少し照れながら鞄から物を出す
     出てきたのはペーパークラフトで作られた花だった
     よく文化祭の門などに飾られるアレである


     「これが…何…?桑原くん…」
     「これを大量に作って運動場に敷き詰めるんだ…。
      『仁王が好きです 三年』っていう形で」
     「…………、ていうかソレ、内職の花じゃない?」


     シーン、と辺りが水を打ったように静まり返る
     何かいけないこと言ったかしら、と辺りを見回せば全員真剣な表情だった


     「ジャッカルー!」
     「ジャッカル先輩、最高っス!」
     「さっそく取り掛かろうぜぃ!」
     「了解っス!」


     いそいそと作り出す丸井と切原
     その様子を微笑ましそうに幸村が見ている





     「真田は?」
     「む?」
     「む、じゃないよ。副部長の意見も必要なんじゃないのかな?」


     幸村の言葉にぴくり、と真田の眉間の皺が動き、益々難しい表情になった


     「しかし幸村。俺には色恋のことなぞわからんぞ」
     「じゃあ、真田だったら好きな女の子にはどうやって告白するのかな」
     「む……俺には好いた奴などおらん」
     「例えば、だよ」


     ・
     ・
     ・
     ・


     「やはり、文か…」
     「『文』ね…」



     その他にも切原が出した案、
     自分が仁王と試合をして自分が勝ち、疲れ果てる仁王にの想いを伝える、
     というあくまで理想主義な意見や、
     柳生の出した案では、
     偶然を装ってゴルフボールを仁王の顔面に当て、割れた中から『好きです 』と書かれた紙が出てくる
     などの意見も出たが全て却下した
    
     結局、


     「の判断に任せよう」


     と、柳に綺麗にまとめられてしまい、
     なら告白しない、という意見も勧めてみたがそれは全員が止めた
     そんなところで息を合わせられてもなんだか微妙な気分だ



     「とりあえず、俺が明日仁王をどこかに呼び出しておくよ。
      そこで何とか決めてくれるかな?」
     「いきなりなげやりね…」
     「うん、何だか面倒くさくなってきちゃってね。
      それじゃ…頑張って」



     こんなんで大丈夫なのか、
     そんな思いでいっぱいになりながら部室を後にした










     その後は結局、屋上へは行かなかった

     仁王に会いたくなかったわけじゃない

     でも、この間の仁王は…なんだか今まで見たことがない人のような気がして、
     不意に『男』であるという存在を強烈に印象付けられてしまったような気がした



     「どうしよう…かな」


     家に帰って、布団に寝転び天井を見つめる


     告白しろ、告白しろ、と言われ続けると自然に自分でもその作戦を考えるようになってしまうところが何だか嫌だ


     そう想いを馳せていたとき、タイミングよく携帯が鳴った



     「びっくりした…。何よ…」


     時計を見ればもう夜の12時を回っている
     こんな時間にメール、なんてやつは恋に悩む女友達くらいしかいない


     「人の悩みよりも私の悩みをどうにかして欲しい…」

     小さく溜め息をついて携帯を開けた


     いつもの場所に来られたし



     短い、短いメール


     でも、気づけば上着を羽織って部屋のドアを開けていた










     アトガキ
          久しぶりに更新。思わぬ新参者の登場でごまめの更新がストップしていました…。
          当初の予定ではこの6話は8月頭に更新する予定だったのに…。
          時期はずれてしまいましたが、このお話はまだ8月です!

          次はとうとう最終話ですね…。
          何だかほっとするような、寂しいような、複雑な気分です。