「政宗様…」
          「どうした?小十郎」


          襖を開けてから数分と経っているが、中々足を動かせなかった


          (何だ、このガラクタは…)


          目がチカチカするような彩り鮮やかな壺から奇妙な形の置物
          昨日まで君主の名に相応しく立派な様式だった政宗の執務部屋は、
          ガラクタ部屋へと変貌をとげていた

          その部屋の主、政宗はというとごろりと寝転がりながら書を眺めている
          その書でさえ見たことの無い字で書き記されてあった


          「政宗様、執務は…」


          書から目を離さず、政宗は指で卓の上を指差す
          そこに並べられている書簡を広げれば、ちゃんと終わっていた


          「終わって…」
          「そんなに疑いたいのか?」
          「いえ…お見事でございます」


          いつもこんな風にやってくれれば、と呟きながら書簡を見直した
          やる時にはその若さからは信じられないほどきっちりとした執務をする政宗だが、一応念のためだ


          「政宗様、例の商人をご贔屓になさっているようですが…」
          「わかっている、ほどほどに…だろ?」


          ほどほど、とは程遠いような部屋に小十郎は何も言えなかった


          「今日は随分良い天気じゃねぇか、なぁ?小十郎」

          ぴくり、と小十郎の肩が動く

          (このパターンは…)

          知っていた
          こういう時に決まってみせる政宗の笑みも
          まだ幼さがほんの少し残るような無邪気な笑みだ


          「城下へ行くか!」
          「政宗様、いくら民の心を知ろうとお考えであっても連日に渡って城を出られるのはいかがなものかと思われます」
          「かたっくるしいこと言ってんじゃねぇよ、小十郎
           そんなことばっかり考えてると、老けるぞ」
          「私の事はどうでもよい。私は政宗様を…!」
          「そうと決まれば、More haste, less speed!!」
          「なっ、お待ち下さい!」


          また訳のわからない言葉を発し、矢のごとく駆けていく政宗はまさに少年のよう
          今年で12になる1人の少年だった










          「でもねぇ、政宗様…」
          「かまわねぇ。俺が欲しいと望んでるんだ。
           だから代は払う。それを拒むことの方が逆に失礼じゃねーか?」
          「そうですか、ではありがとうございます…!」

          実際、政宗は民に信頼されていた
          一族が治めている、というのもあるがしょっちゅう城下に遊びに来ることが良い印象をもたらしているようだ





          「小十郎…」
          「いかがなされました?」


          一点を見つめたまま動かなくなった政宗と同じ方向へ小十郎も視線を向けた
          大通りからはずれる細い道の先に、何かが見える
          薄暗くぼんやりとしていて確かではないが、おそらく人だ
          平和な光景が多い奥州でこのような光景を見たのは初めてらしく、政宗は絶句していた

          そんな政宗に店の主も店先から出てきて同じ方を見やる
          あぁ、と小さく呟いて気の毒そうに言った

          「あの娘は今年で9つになります。
           親がひどく乱暴で…働いてもいないのであの娘が働いているんです
           おそらく今日もひどくぶたれたのでしょう…」
          「なに…?」


          政宗の眉間に皺が寄ったかと思うと、政宗は迷わず一直線に裏通りへ入った
          小十郎や店主の制止の言葉も振り払い、少女へ歩みを進める


          「おい、大丈夫か?」


          少女が倒れていたのはひどく鼻をつくような異臭がするところであった
          まだ冷える奥州は先日も雪が降り、その雪の上に横たわっている

          そっと頬に触れると、本当に生きているのかと疑うほどに冷たかった
          少し大人びた顔には無数の傷があり、細く小さな手は荒れて痛々しく血が出ているところもある
          やせ細った、という言葉がぴったりな細い腕はほとんど骨
          かすかに上下する胸とか弱い呼吸音だけが彼女の「生」を物語っていた


          「民さえ救えなくてどうする」


          ぐいっと彼女を抱き上げ、路地を出る
          小十郎にどやされても、娘を放す気は無かった


          「死なせねぇよ」

          そう呟いて歩を進めた