武田軍の女官たちの間には、年に一度「大移動」とよばれる行事がある
それは、いわゆる現代でいえば人事異動のようなもので、
女官たちが自分の仕事の持ち場を交代するというものである
新しい仕事の持ち場は、上が決める

そして、今日はその「大移動」の日であった
お目当ての武将に近づける、とか離れてしまう、とか
若い女官たちが大騒ぎしていた





「うふふ〜っ・・・!
 ついに、ついにこの日が来たぁーっ・・・!」


ここにも、大移動の喜びをかみ締める少女がいた

12のときから武田軍に勤め、今年で四年目になる
去年までが勤めていたのは、厳しいことで有名な女武将のもと
噂通りの偏屈っぽりでわがままっぷり
だからは、誰よりも大移動の日を待ち望んでいたのだ
そして、新しい職場は誰もが憧れる職場ベスト3に入る


「忍びの鍛錬所」





「鍛錬所に配属されるなんて・・・。
 よっしゃー!来た来た来たぁーっ!!」


柱の影で小さく喜びの雄たけびを上げ
小さくガッツポーズをした























「それじゃ、これ忍びの方たちにお運びして」
「はいっ」


人数分の食事は相当重かったが、小分けにして往復することで何とか運べた



「失礼します。新しくこちらに配属されたものです」
「ご苦労さん」


武田軍の忍びは、気さくで有名だ
を迎えた忍びもそうだった


隅の方に行って、控えていると、


「な、何ここはっ・・・!!」


そこは、まさに無法地帯
鍛錬で汗を流した忍びたちが上半身裸で水を頭からかぶり、
飯を食っていた


「(きゃあーっ・・・な、何・・・この美味しい職場は・・・っ。
  はうー、さ、鎖骨が・・・っ)」
「おっ、新顔」
「え、ええええ猿飛佐助っ」
「ん〜?上官には、敬語って習わなかったか…?」
「あ、すみませんっ」


は、相手が上官であるとか、猿飛佐助であるとか。
そんなことは考えられなかった

佐助もまた他の忍びと同じくして上半身裸の状態で水を滴らせていたからだ
髪の毛にそって下に落ちる水滴に、水も滴る良い男とはこのことだと納得させられる

そんな男らしい何ともいえない色気を放つ佐助には、
卒倒すべきか、鼻血を噴出すべきか、悶絶すべきかで真剣に悩んだ


「で、名前は?」
「え、あ、…です」
ね…」
「おい、佐助!さっそく口説きか!?」
「可愛い女の子独り占めすんなって!」


騒ぎ立てる他の忍びたちに一度キツイ視線を送る佐助
そして、から離れた
いや、正確には、とすれ違う直前に言葉を残した









―――――――今夜、食べにいかせてもらうから






小さく、しかし確実に、
低く、甘い声で、


心を、奪った
























「はい…?」


草木も眠り始めた刻に、の部屋の襖がうっすらと開いた
やがて、視線と視線が絡み合う
視線だけでトロンとするに佐助の息で笑う音が響いた


襖が開き、佐助が姿を現した
昼間とは違い、寝着のようなゆったりとしたものを羽織っていて、
月明かりだけが輝く部屋にその姿が白く浮かび上がった


「本当に来た…」
「信じてなかったんだ?」
「だって、まだ会ったばかりなのに、いきなり食べに行かせてもらうとか言われても…」
「はは、それもそうか」


すぅーっと音も無く、佐助がこちらにやってきた


「私を選んだのは遊びだからですか?」
「え?」
「だって、もっと可愛い子たくさんいますよ。
 …美味しそうな子とか(ボソ)」
「何をそう基準にしてるのかわからないが、だって十分可愛いけど?」
「…そ、ですか」


複雑な気分だった
前々から佐助が遊びの情事しかしないことは知っていたし、嫌ではなかった
むしろ、自分も一晩でもいいから相手にして欲しいという願望が少なからずあった

でも、いざこうして現実に叶ってしまうと、次の欲望が溢れ出てくる
恋心は、どこまでも貪欲なのかもしれない


「気持ちいい?」
「う…ん…」


体を重ねても、ついてまわる気持ち
自分が想っているほど相手は想ってくれていないのだろうか、という一縷の不安
それが伝わったのだろうか、佐助はゆっくりと愛撫する手を止めた


「…どうかした?」
「ごめんなさい…ほんと、ごめんなさい…」
…?」
「一番しちゃいけないことなのに…」
「…言ってみてよ」


愛撫されてうるんだ涙目で佐助を見上げた
その人は、とても優しい表情をしていて、喉まで出掛かって、理性と言う手綱で
押し殺した感情を呼び起こすには十分だった


「佐助さんが…欲しいです。体だけじゃなくて、心も」
「え…」
「一夜限りの関係でそんなこと想うのは掟破りだってわかってます。
 でも…好き…なんです」


佐助は、驚いた表情をしていた
この娘は、何を言い出すのだろうか、と頭がいっぱいだった


「やばいな…」


ハマりそうだ…
小さく、そう呟いた

そんなことを言ってくれる人なんていなかった
いくら愛の言葉を囁かれても、それは一瞬のものであって、儚く、もろく…


純粋で、貪欲であるが故に心からの言葉をは放った


嬉しくて、愛しくて、忍びであることを忘れ一人の男としての時間があってもいいのだと
言ってくれたような気がして…

激しく、激しく抱いた
その体に自分という存在を焼き付けるように










朝、佐助は目を覚ました
隣には、まだが眠っている
起こさぬようそっと体を起こした


去らなくてはいけない

目が覚めたときには何もなかったように
それが掟

―――でも


「帰りづらいなんてな…」


笑みを、こぼした

自分でも知らない間に、募っているなんて
こんなにも


「やっぱ、自分の気持ちには正直じゃないとね」



にや、と笑って傍らの少女を抱きしめた
佐助の心をいとも簡単にもっていってしまった少女を

目が覚めたら、傍らで微笑む自分を見て何と言うだろうか……