「あ、『革命』だ・・・」
自転車を置きに行ったお兄ちゃんを待っている間、桜の木の下でぼんやりとしていると
薄ピンク色の花びらが風にのって舞うように、頭上からピアノ独特の音が風にのって響いてきた
いつもよりも少し温かい朝の空気とは対照的な曲種
窓を閉めているのか、小さい音でしか聞こえないその音色にいつしか聞き惚れていた
ピアノは好きだった、弾くのも聞くのも
お母さんに言われて通ったピアノ教室で音は身近なものとして教えられた
ピアノを始めて十何年と経つが、あたしの腕はそこそこ
上手い訳ではないけれど、好きだったし、音色に人柄が出るという特徴に惹かれていた
この音は、力強くて、大きくて広い感じ
曲調からは気高さとかが伝わるのに、音波からは力強い男の人そのものが
繊細な音色の運びに器用な指の動きが想像できた
「誰が、弾いてるんだろ・・・」
舞い散る桜、うらはらに・・・
「ということで、昼休みまでにこの曲の感想を書いたレポートを仕上げるように。
提出遅れは認めん。知っているとは思うが今は一時間目の授業中だ。
休み時間に行えば十分に間に合う。他の授業中に行うことは禁じる。」
記念すべき中学校生活第一時間目の授業は音楽だった
担当は榊太郎先生
それにしても、すっごい風貌…
本当に音楽の先生…?
「レポートかぁ・・・。短めの文章で良いって榊先生言ってるけど、そう簡単には書けないよねー」
「そうだね・・・、適当な意見じゃ見てもらえなさそうだしね」
音楽の授業でも運良く鳳くんの隣の席になった
知り合って一日しか経ってないのに鳳くんは話しやすかった
日吉くんはちょっと怖いけど・・・
何かあたしを見るとき睨んでるような気がするし(←生まれつき目つき悪い)
何となーく、嫌われてるような・・・(汗)
「昼休み中に誰かクラスで一人第二音楽室へ持ってきてもらおう。・・・宍戸」
「は、はいっ!」
「全員分のノートを集めて第二音楽室に持ってきなさい。」
「はい」
返事をしたらチャイムが鳴った
さっき仲良くなったクラスの子から聞いた通り無駄のない授業
そして同じく聞いた通りの“行ってよし”の一言とポーズ
なんか、ちょっと変わった先生かも・・・
昼休みになって、日吉くんと話している鳳くんのところに行った
日吉くんは本を読んでいて怪訝そうに鳳くんを見てるけどその瞳はどこか許しちゃってる瞳で
それを解っていて話を続ける鳳くん。そんな二人の信頼関係(?)みたいなのがちょっと羨ましかったりした
そして何よりその二人の傍に居られることが、外部から転入したことの不安を小さくしてくれた
でも、日吉くんはやっぱり怒ってる・・・よね?
目が合うたびに無視されちゃうし・・・(←特に興味が無いだけ)
「宍戸、お前本当にマネージャー試験を受けるつもりか」
「・・・?うん」
「・・・そうか」
「ちゃん、やっぱり止めておいたほうが・・・。昨日の騒ぎで跡部さんもだいぶ怒ってたみたいだし・・・」
「そんなことで諦められるほどやわには出来てないもん。それに、やってもいないのに決め付けるのはおかしいよ」
「それはそうなんだけど・・・」
「根性だけで片付くことと片付かないことがあるんだぞ」
「・・・わかってるもん。でも、ずっと夢だったんだもん・・・、
お兄ちゃんの傍でお兄ちゃんの好きなテニスを支えてあげるのは」
ぐっと歯を食いしばった
負けるわけには、いかない
大好きなお兄ちゃん
約束、したから
傍から見れば、小さいことだけど
あたしにとっては大きくて、固い、大切な約束
「何でそんなに・・・」
「え?」
「何でそんなにブラコンなんだよ」
「ひ、日吉・・・。それ言っちゃぁ・・・」
「まぁ、別にいいけどな。一度落ちてみたらいいだろ」
「日吉・・・。ちゃん、日吉は頑張れって言ってるんだよ。
この性格だからさ」
「鳳、勝手に解釈して勝手に解説するな」
「俺もちゃんを応援してるよ。頑張ってね」
「……ありがと」
淡く笑ってみせるあたしに、二人は複雑な顔をしてた
「えーと、この角を曲がって…。あ、第二音楽室発見!やっと着いたぁ…。
おかしいなぁ、日吉くんが説明してくれた通りに行ったつもりなんだけどなぁ…」
昼休みが始まって十分経過した後、ようやく第二音楽室を発見できた
氷帝の校舎あり得ないくらい広く、ついていこうか?と心配げな鳳に何事も冒険!と意気込んだ自分を
もみ消したくなるような衝動に駆られた。
それでも無事に音楽室にたどり着けたので良しとしようと思ったそのとき、ピアノの音色が聞こえてきた
「これ…、やっぱり榊先生が弾いてたんだ…。」
今朝聞いたショパンの『革命』
繊細な音色にしばし時間を忘れた
扉が開く音に顔を上げると榊先生がこちらを見ていた
「宍戸。いつまでそこにいるんだ。入りなさい」
「え!?い、いつからそこにいらっしゃったんですか!?」
「あ、第二音楽室発見!やっと着いたぁ、からだ。入りなさい」
「あ、は、はい。(榊先生って物真似上手いなぁ…。ちょっとイメージ崩れたかも)」
失礼します、と小さく断って足を踏み入れた
本日二度目にして再び訪れた音楽室は日当たり良好、とばかりに春の暖かい日の光を一心に浴びて暖かかった
来なさい、と手招きをする榊先生についていき、差し出された手にノートをのせる
「ご苦労だったな。全員分、あるか?」
「はい。出席番号順に並べておきました」
「そうか。…宍戸」
「はい?」
パラパラとノートを点検しながら器用に話す榊先生
再び来なさい、と手招きされて少し空けていた距離を縮めると、ある一行を榊先生が指差していた
「これは、何と読むんだ」
「え…?あ…、池田くん、字が汚いですね。えーと…、綺麗、でしょうか?」
「なるほど。助かった、すまないな。そこの椅子にでもかけなさい。すぐに点検し終わる」
「あ、はい」
椅子に腰掛け、ぐるりと音楽室の中を見回した
音楽室に響くのは榊先生がノートをチェックするペンの音のみ
春の陽気にあてられて、少しぼやーっとしている私を榊先生の声が現実へと引き戻した
「宍戸」
「はいっ!?」
「……テニス部のマネージャー試験に立候補したと聞いたが?」
「榊先生も、ご存知なんですか?」
「当たり前だ。私はテニス部の顧問だからな」
「そうですか…え!?」
「…どうした」
「てっきり音楽系の顧問かと思ってました」
「それもテニス部の顧問と兼任している。そのせいで、我が氷帝学園のテニス部は自主練習が多い。
統率力が取れるのならば、三年生でなくとも部長や副部長になれる。
勿論、それはマネージャーにも言えたことだ。
有能なマネージャーならば三年生でなくともなれる」
「…はい」
榊先生は私がぼーっとしている間にノート点検を済ませたのか、ノートの山を整理し始めた
それを見つめながら黙って次の言葉を待った
「跡部から聞いたが、お前は何の為にテニス部のマネージャーになると?」
「…私、跡部さんには兄の傍にいたいとお話しました。
でも、それには理由があるんです」
トントン、とノートを正す音が止んだ
それが続きを話しなさい、と言っているようで続けた
「私、小学校の低学年の時、いつも男の子にいじめられてたんです。
別に悪気があった訳じゃなかったし、実際に今ではその男の子とも仲良いんですけど。
毎日、いじめられるのが怖くって。でも、いじめられるから学校に行きたくないなんて親には言えなくて。
言ったら、お父さんもお母さんきっとすごく心配しちゃうから。
毎日一生懸命働いてくれる二人に迷惑かけたくなくて。それは勿論大好きなお兄ちゃんにも一緒で。
お兄ちゃんは、学校でも人気者だったから。あ、今でも人気者ですけど。
その妹がいじめられてるなんて知ったら、って思って。結局は言えなかったんです」
「……」
「でも、どうやって知ったのか未だに解らないけど、お兄ちゃん全部知ってて。
今度俺の妹に手出したら承知しねーぞ!ってかばってくれて…。
ベタな話かもしれないけど、本当に嬉しかったんです。」
「………(じーん)」
ガタ、と音をたてて立ち上がった
お兄ちゃんのことを話しているからか気分は晴れ晴れしい
「男の子に苛められて怪我したところを黙って消毒してくれたり、
私が寂しい思いをしてるんじゃないだろうかって一緒に寝てくれたり。
お兄ちゃんは私にすごく良くしてくれました…。
だから、今度はテニスが好きになったお兄ちゃんを支えてあげようって自分自身と約束したんです。
お兄ちゃん、一本気な性格だからテニスのことばっかり考えて怪我したりしそうだし」
「それが、テニス部マネージャー希望の理由か」
「はい。まぁ、他人から聞けばどうでもいい話かもしれないですけれど」
「……そうか」
さぁ、と吹いてきた風がカーテンを揺らした
そのカーテンが榊先生との距離を阻む
榊先生の手に引っ張られてカーテンが避けられた
「さぁ、もう行きなさい。授業に遅れないように」
「はい。あ、ノート持って行きますね」
「あぁ」
ノートを抱えた状態で入り口で一礼した
扉を閉めようとした時、榊先生の手に止められる
「宍戸、頑張りなさい」
「…ありがとうございます」
ぽん、と頭が叩かれてそれが榊先生なりの励ましなんだとすぐに解った
「何、これ…」
放課後、自分の音楽のノートを開けると一枚の紙が挟まっていた
『マネージャー推薦書』
と書かれたそれにはあたしを推薦するということと、榊先生のサインがしてあった
「榊、先生…」
あの人は、味方なんだ
少しほっとする
カチ、と約束された四時十分前を時計が指した
決戦まであと十分
鬼が待つテニスコートへ向かって走り出した
あとがき
榊監督登場!して、ブラコンになった理由その1明かされました。実はこれだけじゃないのだー。
バレバレかもだけど、今回も一応次の伏線引いてます。ブラコンになった理由で。
伏線は二つあるんですが、伏線をわざと引いたのはお初なので、ちょっとどきどき気味。
多分わかんないと思います。
あと、ベタな話でごめんなさい。いや、でも宍戸兄貴なら絶対かばってくれそうだなーと思ったので。