春の甘い風を感じる余裕もなく、一人の少女が野を駆けて行く
綺麗に結い上げた髪も、向かい風で崩れ、頬は上気して赤く染まっている




「真田幸村の…………ぶぅわぁかぁあぁぁ!!!!」







     嫁に来ましたッ!

          act.3 木の上の男










自分は一体何処まで走ってきたのだろう
ふと後ろを振り返っても、高く聳え立つ城が見えるだけ
は先ほど幸村の唇があたっていた部分に目を走らせた
懐から出した布で懸命に拭う

「真田幸村!憶えてなさいよ…」

独り言じみて呟くとは布を懐にしまい込み、辺りを見まわした
城から少し離れているだけのその丘には人気がなく、それがを安心させた

その時は目の前に立っている大木に気付いた
青々と生い茂る木
は拳で木をバキリと音をたてて折った

普通の人間には到底出来ないと思えるような怪力技
しかもそれを片手一本でこなすの技はおそらく戦場では重宝とされただろう
それでも、の父はを戦場に立たせることは一度も無かった
生まれてからずっと真田家に嫁ぐために育てられた
端麗な容姿にひけをとらないほどの頭脳をもつは、箱入り娘と大事にされていても
妬みや嫉妬の被害を受けることは過去に多々あった。
意識しなくともたまっていくストレスにはストレス解消にと大木倒しの技を覚えたのだ


「はぁ…、すっきりした…!」


きっと前を見据えると、信じられない光景が広がっている
大木がミシリと音をたててこちらに倒れてくるのだ
まさかそうなると全く予想していなかったは逃げる余裕もなく
頭を抱えてしゃがみこんだ

(つぶされる…!!!)


その時、ふわりと体が浮いたような気がした
その感触にそっと目をあけてみるとは一人の男に抱えられていた

「なっ……ど、どちら様ですか!?離して下さい!!」

「おいおい。助けてやったやつに礼もなしかよ」

は男の言葉に気をもちなおし、抵抗する力を弱めた

「お助け下さって、ありがとうございました…。離してくださる?」

「単刀直入だな。見たところ、箱入り娘のお嬢様ってところかな」

「ほっ、放っておいて下さい!」

「お嬢様が木の上で一人で立てるのかね…」

ぱっと男が手を離すとの体がぐらついた
そのことに自分が木の枝に立っていることを体で自覚する
は自然と男にしがみつく形に戻ってしまった


「怪力なお嬢様の上に大胆か…」

「こ、これは不可抗力でしょ!」

「お嬢さん、中々良い腕だね。最後はきまらなかったけどな」

耳元で話すのは出来ればやめてほしい
ただでさえ男嫌いなのに、これ以上男に近づきたくはない
しかもこの男の声はかなり良い
これらのことがを良い意味でも悪い意味でも狂わせた


「い、いかほどのお礼をお望みなのですか?」

「そうだな…、んじゃあ今日はこれくらいで」

男はの手をつかんで自分の肩にまわさせた
力強いその行為と隙をつかれれば怪力娘のも敵わない
ふわりと足が空中にういた
が小さく悲鳴をあげると頬に柔らかい感触がする
それがようやく男の唇だと悟った時には既に地面に降り立っていた


「俺の名前は猿飛佐助。また会おうぜ、お嬢さん」


「まっ、待ちなさいよ!!!!!」

佐助と名乗るその男は、身を翻して素早く消えた
は、あまりにも早い動きに目を奪われ、へなりと地面に座り込む
普段ならば着物が汚れるので座ることはないが、情けないことに腰が抜けたらしい

「これだから男は…「言い忘れたけどさ」」

「ぎゃああああっ!!!!」

「もちっと女らしい叫び方できないの…?」


佐助はの肩をつかんで立ち上がらせた
そして唇をの耳元に近づけさせる
いちいち耳元で言わなくてもいいのに…と思ったが、頬は自然と熱くなった


「俺の時松には手ぇださないでよね」

それだけ告げると、またまた素早く木の上に飛び移る
くるりと背をむける佐助の背中にが叫んだ


「ちょっ!時松って誰よ!」

「俺の恋人」

佐助の返答には顔をゆがめた
そんなの様子が思い浮かんだのか、佐助が小さく笑った
勿論それは後にいるには見えないし聞こえないわけで
混乱させるのも可哀想に思ったのか、からかいたかったのか
佐助は人差し指を自分が立っている松の木に向けた


「時松、じゃな」


今度こそ消えた佐助
は佐助が指差した松の木を見つめた
風がふき、それが松の枝を揺らした

(今にも話しそうね…、もしかしてこれが時松?)


そんなの考えに答えるかのようにまた松の枝が揺れる
は右手で風によって乱された髪を整えると、城に向かってさっそうと歩き始めた
の顔には先ほどこちらへ来たときとは違い、誇らしげな表情

何故だろうか
先ほど佐助がにした行為といえば、真田幸村が

「は、破廉恥である!!!」

と顔を赤らめて走り去っていきそうなものだが
佐助がにしたことよりも、彼が醸し出している独特の雰囲気
一緒にいて心地よい

―――――――惹かれている?

佐助に対する不思議な感情には突き動かされるような感じだった
今まで家の息女として様々な人と接してきたが、あんな人物はいなかった
は、なんともいえないこの感情をにぎりしめて、城門をくぐった


、帰ったか。幸村が捜しておったぞ」

回廊を一人、ぼんやりと歩いていると、信玄にでくわした
会釈をして道を譲ろうとしたが、信玄の言葉で幸村のことを思い出す
幸村に握られた腕、唇を寄せられた指に自然と意識が集中してしまっている

「し、信玄様!私はやはり幸村様と同じお部屋で過ごすのでしょうか…!?」

「ん…?別室でも構わぬが、今から恥ずかしがっていては身がもたんぞ?」


がっはっはと親父笑いをする信玄には途方にくれた
口先では別室の許可を許しているが、この様子では変えてもらう事は不可能に等しそうだ
とほほ、と目頭にうっすら涙を浮かべるとは腕をつかまれた

それは先ほど幸村につかまれたところと同じところで
意識が集中していたところに触れられると無意識に強く反応してしまう


殿…お捜し申した…っ」

「ゆ、幸村様!!」

「先ほどは申し訳無かった!某のせいで…!」


城に帰ったら幸村をシカトするか、関西のおばさんのように文句を言いつづけるか
実家に帰るか、いずれかを実行しようと密かに考えていたに、幸村が頭を下げている

出鼻をくじかれたようなにお構いなく謝罪の言葉を繰り返す幸村
それぞれ様々な思いで話す二人を信玄が割って入った


「幸村よ!に何をした」

「おっ、お館様!!」


信玄の存在を今知ったのか、というほどに驚いている幸村
信玄は幸村とを交互に見つめながら話を続けた

「恥を知れ!幸村よ!お主も男であろう!
このようなか弱き女子を困らせたあげく泣かせてどうする!」

「え゛っ…」

突然こちらに話題をふられたことに驚いたが、それよりも信玄の言葉が気になる



殿っ!泣いておられたのか!」

「え、いやぁ…これはですね!」

「も、申し訳無い!拙者は、もう殿に合わせる顔がない!」


人の話聞けよ!と突っ込んでやりたいが、信玄の手前、それは出来ない
しかも傍からみれば、尻に敷かれている旦那の様子に見える
はしゃがみこみ、幸村を覗きこんだ


「も、もうよろしいですわ。早くお顔を上げてくださいまし」

殿!某を許してくださるのか!」

「え、えぇ……。」

ぎゅっとの白い手を握る幸村
早く離しやがれ、と心の中で思いながら表面には出さない



殿!」

がばぁっ!といきなり幸村が抱きついてきた
真田幸村が自分を抱きしめている=男が自分を抱きしめている


「きゃあああっ!!!!!!」


バチン!と頬を引っぱたく音が、響き渡った







アトガキ

天然アンド変な言葉遣いのゆっきーでごめんなさい。
彼は天然です!すっごい天然です!
佐助は見ての通り助平です(笑)